第5章:AIエージェントワークフローの設計と実装
- 峻 福地
- 5月20日
- 読了時間: 14分

はじめに
AIエージェントを構築する際、単純なタスクであれば個々のエージェントが単独で処理できるかもしれません。しかし、複雑な業務や問題を解決するためには、より構造化されたアプローチが必要になります。本章では、AIエージェントのためのワークフローの設計と実装について詳しく解説し、個別のエージェントをどのように連携させて複雑なタスクを遂行するかについて説明します。
1. AIエージェントワークフローの基本概念
ワークフローとは、AIエージェントやツールが特定の順序や条件に従って実行される一連のプロセスです。言語モデル(LLM)の柔軟性が高い反面、予測可能性や一貫性に欠けることがあります。グラフベースのワークフローは、エージェントの行動に一定の制約を与え、より予測可能な結果を得るための手法として注目されています。
1.1 分岐(Branching)
分岐とは、同じ入力に対して複数のLLM呼び出しを並行して行うことです。これにより、一つのタスクを複数の側面から処理できます。
例えば: 長い医療記録から12の異なる症状(倦怠感、吐き気など)の有無を確認する必要がある場合を考えてみましょう。一つのLLM呼び出しで12の症状すべてをチェックするよりも、12の並列LLM呼び出しを行い、それぞれが一つの症状をチェックする方が効率的で精度も高くなります。
分岐を使うことで、タスクを分割し、各部分を専門的に処理できます。これは特に複雑なタスクや、多角的な分析が必要な場合に有効です。
1.2 連鎖(Chaining)
連鎖は最も単純な操作で、一つのステップの出力を次のステップの入力として渡します。データを外部ソースから取得してからLLMに渡したり、あるLLM呼び出しの結果を別のLLMに渡したりする場合に使用します。
例えば: ユーザーからの質問に応じて、まず天気情報APIから現在の天気データを取得し、その結果をLLMに渡して、ユーザーが理解しやすいように自然言語で説明するといった流れが連鎖の典型例です。
連鎖では、各ステップが前のステップの完了を待ち、その結果にアクセスしてから処理を行います。これにより、情報の流れが整理され、複雑なタスクを順序立てて処理できます。
1.3 マージ(Merging)
分岐したパスが異なる側面のタスクを処理した後、それらの結果を統合するためにマージを行います。これにより、個別の処理結果を組み合わせて総合的な出力を生成できます。
例えば: ある文書の要約タスクで、一つのエージェントが重要な事実を抽出し、別のエージェントがキーコンセプトを特定し、さらに別のエージェントが感情分析を行った後、これらの結果をマージして総合的な要約を作成することができます。
マージ操作は、複数の視点や分析結果を統合し、より豊かな情報を提供するために重要です。
1.4 条件(Conditions)
ワークフローにおいて、中間結果に基づいて決定を下す必要がある場合があります。条件付き実行により、特定の条件が満たされた場合にのみ、次のステップを実行することができます。
例えば: データ取得ステップが成功した場合にのみ、データ処理ステップを実行するという条件を設定できます。これにより、エラー処理が容易になり、リソースの無駄な使用を防ぐことができます。
条件付き実行は、ワークフローの堅牢性を高め、エラーに強いシステムを構築するために重要です。
1.5 一時停止と再開(Suspend and Resume)
長時間実行されるワークフローや、人間の入力を待つ必要があるワークフローの場合、処理を一時停止し、後で再開する機能が重要になります。
例えば: ユーザーの承認が必要な契約書の生成タスクでは、AIがドラフトを作成した後、ワークフローを一時停止し、ユーザーの承認を待ちます。承認を得たら、ワークフローを再開して最終文書を生成し、送信するという流れになります。
一時停止と再開の機能により、人間とAIの協働が円滑になり、重要な決定ポイントで人間の判断を取り入れることができます。また、長時間のプロセスを管理する際にリソースを効率的に使用することも可能になります。
1.6 ストリーミング更新(Streaming Updates)
LLMアプリケーションがユーザーにとって高速で反応が良いと感じられるためには、推論プロセスの進行状況をユーザーに知らせることが重要です。
例えば: 旅行プランを作成するエージェントが、「目的地を検索中...」「ホテルのオプションを比較中...」「レストランの推奨リストを作成中...」というような進行状況の更新を表示することで、ユーザーは処理が進んでいることを確認でき、待ち時間の体感が短くなります。
ストリーミング更新は、ユーザーエクスペリエンスを向上させるだけでなく、長時間のタスクでユーザーの信頼を維持するために重要です。
1.7 トレーシング(Tracing)
LLMはその性質上、非決定的であるため、アプリケーションが予期せぬ動作をすることは避けられません。問題は「いつ」「どの程度」発生するかです。トレーシングは、ワークフローの各ステップ、各実行、各実行の各ステップに関するデータを収集し、監視するプロセスです。
例えば: ユーザーから「近くのイタリアンレストランを探して」という要求があった場合、システムは位置情報の取得、レストラン検索API呼び出し、結果のランク付け、応答生成など、複数のステップを実行します。トレーシングにより、各ステップの入力、出力、実行時間、エラーなどを記録し、問題が発生した場合に迅速に特定・修正することができます。
トレーシングは、本番環境でのデバッグと品質保証に不可欠であり、AIエージェントの信頼性と透明性を高めるために重要です。
2. マルチAIエージェントの連携パターン
複雑なタスクを解決するためには、複数のエージェントが連携して働くマルチエージェントシステムが効果的です。以下では、一般的なマルチエージェント連携パターンについて説明します。
2.1 階層型(Hierarchical Pattern)
階層型パターンでは、中央のオーケストレーターエージェントがクエリを分類し、専門エージェントにルーティングします。これは、異なるタイプのタスクを適切な専門家に割り当てる組織構造に似ています。
構成要素:
オーケストレーターエージェント:クエリを分析し、適切な専門エージェントに振り分ける中央管理者
専門エージェント:特定のドメインや機能に特化したエージェント(例:ナビゲーション、天気情報、カレンダー管理など)
例えば: ユーザーが「近くの寿司レストランを探して」と質問した場合、オーケストレーターはこれをナビゲーション要求として識別し、ナビゲーションエージェントにルーティングします。ナビゲーションエージェントは位置検索と地図APIの操作を専門としているため、効率的に要求を処理できます。
階層型パターンの利点は、各エージェントが自分の得意分野に集中できる点と、新しい専門エージェントを追加してシステムの能力を簡単に拡張できる点にあります。
2.2 ダイヤモンド型(Diamond Pattern)
ダイヤモンド型パターンは階層型の変形で、専門エージェントからの応答がユーザーに到達する前に中央の調整エージェントを通過します。
構成要素:
オーケストレーターエージェント:クエリを分析し、適切な専門エージェントに振り分ける
専門エージェント:特定のドメインに特化したタスクを処理する
リフレーザー(調整)エージェント:専門エージェントからの応答を統一されたスタイルや調子に調整する
例えば: ナビゲーションエージェントが近くのレストランに関する事実情報を生成した後、その応答はリフレーザーエージェントを通過します。リフレーザーは、ユーザーの好みや現在の状況(運転中か否かなど)に基づいて、調子やスタイルを調整します。技術的な情報を会話的な言葉に変換したり、応答の長さを調整したりすることができます。
ダイヤモンド型パターンの利点は、専門的な情報処理と一貫したユーザーエクスペリエンスの両方を実現できる点にあります。
2.3 P2P型(Peer-to-Peer Pattern)
P2P型パターンでは、エージェント同士が直接通信し、オーケストレーションの誤りを訂正できます。これにより、初期の誤分類からの回復が可能になり、より堅牢なシステムが構築できます。
構成要素:
相互接続されたエージェント:各エージェントが他のエージェントを認識し、必要に応じてタスクを転送できる
例えば: ユーザーが最初に「近くの寿司レストランを教えて」と質問し、続いて「ニューヨークのセントラルパークはどれくらいの大きさ?」と質問した場合、オーケストレーターは前の会話に基づいて再びナビゲーションエージェントにルーティングするかもしれません。しかし、ナビゲーションエージェントはこれが一般知識の質問であると認識し、一般知識エージェントに質問を転送します。
P2P型パターンの利点は、誤分類に対する回復力とドメイン専門知識に基づくルーティングの精度向上にあります。また、中央オーケストレーターの複雑さを軽減できます。
2.4 協調型(Collaborative Pattern)
協調型パターンでは、複数のエージェントが同じタスクの補完的な側面に取り組み、レスポンスミキサーエージェントが異なるエージェントからの要素を組み合わせて、包括的な回答を作成します。
構成要素:
専門エージェント:異なる専門知識を持つ複数のエージェント
レスポンスミキサーエージェント:各専門エージェントからの情報を評価し、最適な部分を選択・統合する
例えば: ハイドロプレーニング(水膜現象)の対処方法について質問された場合、車両マニュアルエージェントは車両固有の安全システム情報を提供し、運転のコツエージェントは実践的な運転テクニックを説明し、一般知識エージェントは現象の物理的背景を説明します。レスポンスミキサーエージェントは、これらの異なる観点を統合して、単一のエージェントだけでは提供できないような完全で有用な回答を作成します。
協調型パターンの利点は、複数の専門知識を活用してより包括的で深い回答を提供できる点にあります。
2.5 適応ループパターン(Adaptive Loop Pattern)
適応ループパターンでは、所望の基準を満たすまで、反復的な改善を通じて結果を徐々に向上させます。
構成要素:
検索エージェント:情報を探すエージェント
評価基準:結果が十分かどうかを判断するための基準
ループメカニズム:基準が満たされるまで検索を改善する機能
例えば: ユーザーが「ビーガンオプションがあるイタリアンレストラン」を探している場合、初期検索で満足のいく結果が得られなかった場合、エージェントは自動的にクエリを改良します:
最初のループ:「ベジタリアンオプションがあるイタリアンレストラン」を検索
次のループ:「イタリアンレストラン」を検索し、プラントベースのオプションに言及しているものをフィルタリング
さらなるループ:「ビーガンレストラン」を検索し、イタリア風の料理を提供するものをフィルタリング
この反復的なプロセスにより、完全な一致がなくても、ユーザーの要求に近い結果を提供できます。
適応ループパターンの利点は、より堅牢な検索能力を提供し、利用可能性や状況に適応できる点にあります。
3. オーケストレーター・ワーカーパターン
オーケストレーター・ワーカーパターンでは、中央のLLMが動的にタスクを分解し、ワーカーLLMに委任し、その結果を統合します。これは、複雑なタスクを管理可能な部分に分割するための効果的な方法です。
構成要素:
オーケストレーターLLM:タスクを分析し、サブタスクに分解し、適切なワーカーに割り当てる
ワーカーLLM:特定のサブタスクを実行する
結果統合メカニズム:ワーカーの出力を組み合わせて最終結果を作成する
例えば: 複数のファイルに影響する複雑なコード変更を行うタスクでは、オーケストレーターがまず変更すべきファイルとそれぞれのファイルでの変更内容を特定します。次に、各ファイルの変更を個別のワーカーLLMに割り当て、並行して作業させます。最後に、すべての変更を統合して一貫性のある解決策を提供します。
オーケストレーター・ワーカーパターンの利点は、サブタスクを事前に定義する必要がなく、オーケストレーターが特定の入力に基づいて柔軟に決定できる点にあります。これは、事前に必要なステップが予測できない複雑なタスクに特に有効です。
4. 評価者・最適化者パターン(Evaluator-Optimizer Pattern)
評価者・最適化者パターンでは、一つのLLM呼び出しが応答を生成し、別のLLM呼び出しがループ内で評価とフィードバックを提供します。
構成要素:
最適化者LLM:初期応答や改善された応答を生成する
評価者LLM:応答を評価し、改善のためのフィードバックを提供する
ループメカニズム:評価基準が満たされるまで改善を繰り返す
例えば: 文学翻訳タスクでは、翻訳者LLMが初期翻訳を生成し、評価者LLMがニュアンスや文学的価値の観点から翻訳を評価します。評価者からのフィードバックに基づいて、翻訳者LLMは翻訳を改善し、このプロセスは満足のいく品質が達成されるまで繰り返されます。
評価者・最適化者パターンの利点は、明確な評価基準がある場合の反復的な改善プロセスを通じて、質の高い出力を生成できる点にあります。人間のライターが校正者からのフィードバックを受けて文書を改善するプロセスに類似しています。
5. 実際の実装における考慮事項
ワークフローとマルチエージェントシステムを実装する際には、以下の点を考慮することが重要です:
5.1 システムの複雑性とメンテナンス
マルチエージェントシステムは個々のコンポーネントが単純化される一方で、システム全体の複雑性は増加する傾向があります。マイクロサービスアーキテクチャと同様に、各エージェントの責任範囲を明確に定義し、インターフェースを標準化することが重要です。
5.2 通信プロトコル
エージェント間のコミュニケーションをどう設計するかは重要な課題です。特に以下の点を考慮する必要があります:
非同期タスクとセッションの永続性
通知システム
エージェント間の交渉メカニズム
ユーザーセッションへの統合方法
5.3 エージェントとツールのレジストリ
多数のツールやエージェントを扱う場合、発見、登録、管理、選択、利用のためのロバストなシステムが必要です。特に重要なのは:
ツールとエージェントの能力と要件に関するオントロジーと説明
パフォーマンスメトリクス
どのツールやエージェントを使用するかの計画と選択メカニズム
5.4 パフォーマンスと遅延
マルチエージェントの相互作用は計算コストが高く、時間がかかる場合があります。これはランタイムのコスト増加とユーザー体験の遅延につながります。ユーザーエクスペリエンスを損なわずにこれらの課題に対処するための戦略を検討する必要があります。
5.5 フィードバックループ
エージェント間やワークフローステップ間のフィードバックループを実装することで、システムの自己修正能力を高めることができます。ただし、これらのループの設計と実装は開発者に委ねられることが多いため、計画的に取り組む必要があります。
6. 実践的なアプローチ
AIエージェントワークフローの設計と実装に取り組む際には、以下のアプローチが推奨されます:
6.1 シンプルから始める
複雑なマルチエージェントシステムを最初から構築しようとするのではなく、単一のエージェントから始め、徐々に機能を追加していきましょう。必要に応じて複雑さを増やすことで、デバッグと改善が容易になります。
6.2 明確な責任分担
各エージェントやワークフローステップの責任範囲を明確に定義しましょう。これにより、システムの理解、デバッグ、拡張が容易になります。実際の組織設計と同様に、関連するタスクを論理的にグループ化し、一人の「従業員」(エージェント)が実行できる仕事の説明を作成します。
6.3 ネットワークダイナミクスの検討
エージェント間の相互作用パターンを慎重に検討しましょう。例えば、3つの専門エージェントが合意に達するまで議論するのが良いのか、それともマネージャーエージェントに報告して決定を下してもらうのか?特定のユースケースに最適なアプローチを選択することが重要です。
6.4 インクリメンタルなテストと評価
各ワークフローステップやエージェントを個別にテストし、次に統合システムとしてテストしましょう。トレーシングを活用して、各ステップの入力、出力、実行時間を記録し、問題を特定します。
6.5 人間を考慮に入れる
ワークフローに人間の介入ポイントを組み込むことを検討しましょう。特に重要な決定や検証が必要な場合、人間をループに入れることで信頼性と品質を向上させることができます。
まとめ
本章では、AIエージェントワークフローの設計と実装について詳しく解説しました。ワークフローの基本概念(分岐、連鎖、マージ、条件、一時停止と再開)から、様々なマルチエージェント連携パターン(階層型、ダイヤモンド型、P2P型、協調型)まで、複雑なタスクを効果的に処理するための様々なアプローチを紹介しました。
適切なワークフローパターンとエージェント連携方法を選択することで、AIシステムはより効率的に、より予測可能に、そしてより効果的に動作します。最終的に最も重要なのは、構築しているアプリケーションの具体的なニーズと要件に基づいて、これらのパターンを適切に組み合わせることです。シンプルなアプローチから始め、必要に応じて複雑さを増やしていくことで、堅牢で効果的なAIエージェントワークフローを実現することができます。



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